2023年6月23日。忘れもしない、あの日。
わたしの天使、愛猫みーこが旅立ってから、丸3年が経ちました。
目を閉じると、あの子の可愛い鳴き声や、夕暮れ色のふわふわの毛並み、時に可愛く、時に物言いたげに、わたしを見つめるあのグリーンの瞳が思い出されます。
信じられないほど幸せだった、絵の具のパレットの中身が飛び散ってはじけたような色彩に溢れた日々。
みーこと過ごしたあの1年半。
惹きつけられるように出会い、ふたりで寄り添って過ごしたあのキラキラと瞬くような日々は、生涯忘れえない、わたしの大事な宝ものです。
今でもわたしを捉えて離さないあの子に、この気持ちが届きますように。
愛しいあの子へ、わたしからのラブレターです。

出会いは2021年の秋でした。
猛威を振るったコロナもピークを過ぎ、在宅勤務ができた極楽浄土のような日々はとうに過ぎ去って、仕事に追われる忙しい日々に逆戻りしていたあの頃。
働き過ぎで仕事ばかりの生活に嫌気がさして、一度でいいからその枠を外れて羽を伸ばしてみたい。鬱憤はピークに達していました。
経緯は端折りますが、2021年秋、ネココは退職届という手札を引き下げることと引き換えに、2ヶ月間のリフレッシュ休暇を会社からもぎ取ることに成功しました。
新卒で社会に出てから初めての長期休暇!束の間とはいえ、夢に見るまで願い続けた「自由」が手に入った。
私は、この2ヶ月を思う存分満喫する、と決めていました。
長期旅行も、平日に予定を入れることも、今までやったことないことを時間を気にせず徹底的にやるのも、今しかできない。
せっかく勝ち取ったこの時間を無駄にしまいと、予定を入れまくりました。
国内旅行、神社巡り、しばらく会ってない子持ちの友人に平日昼間に会いに行く、アートフェスのアルバイトをする、etc。
その中で、私がかねてよりやりたいと思っていて、けどずっとできていなかったことが
「保護猫のボランティアをする」
ことでした。
私はネコが大好きです。
野良猫を愛でたり猫カフェに行ったり、SNSでひと様の猫ちゃんを見てはデレデレしたり。
迷う隙間なんて1ミリもなく、絶対に犬より猫派です。
ずっと「いつかはネコを飼いたい」と夢見てきたけれど、独り身で仕事も忙しい自分が飼えるわけないと諦めてきた。
でも、飼わずともネコに触れ合える場が欲しい。
お世話に慣れておけば、いつか飼える時に役立つかもしれないし。
幸い、自宅近くに保護猫のシェルターがあり、お世話ボランティアを募集していたので、申し込みしてボランティアを始めることとなりました。
そのシェルターはぼろぼろの一軒家をシェルターとして使い回していて、一階の和室と2階の洋間の計3部屋にケージがびっしり。
一番多い時で20〜30匹近いネコがいるという壮絶な環境でした。

シェルターにネコがやってくる経緯は様々です。
野良猫が繁殖してしまって困ってるところを親子ごと引き取られてきた、飼い主から見放されてしまった、飼い主が高齢で亡くなって残された子が回り回ってやってきたなど、猫ごとにストーリーがあります。
シェルターは、保護した子が最終的に新しい家族に引き取ってもらえるようにするための「リハビリ施設」のようなもの。
特に野生味が強かったり、過去に酷い扱いを受けてトラウマがある子はまずは「ヒト」慣れさせないといけない。
病気持ちの子にはクスリを飲ませ、ネコ毎にエサの種類や量を変えてお世話する。
プライベートもかなぐり捨て、一年中朝から晩まで猫たちに向き合い続けるスタッフさんには頭が上がりません。
お世話は基本朝晩の交代制で、朝は10時からお昼まで、夜は20時から22時くらいまで。
お世話ボランティアがやることは、主にケージとトイレのお掃除、そしてエサと水の入替えです。
ケージ一個一個お掃除しながら、ご飯の食べ残しはあったか、トイレを見てオシッコはしてるか、ウンチしてるか、してたら量はどのくらいか、柔らかいかどうかなどをメモを取ってカルテに記録していきます。
シェルターに着く頃にはお腹を空かせたネコの大合唱。
トイレがひっくり返ってたり、吐き戻しがあったり、阿鼻叫喚の地獄絵図。

数名のスタッフが仕切る中、お世話ボランティアが日替わりで数名入って、全員総出でお世話を始めて2〜3時間かかってようやく一区切り。
終わったころにはぐったりです。
なんとなく「可愛い猫ちゃんを愛でたい」くらいの気持ちで始めたら、とんでもない重労働でビックリでした。
そんなこんなでスタートしたボランティア。
下っ端のじぶんはまずは掃除のやり方を教わってケージの掃除を始めるところから。
割り当てられた部屋は2階の居間で、そこにはケージが12個くらいはあったんじゃなかろうか。
ケージの外で遊んでる仔猫も居て、ギャーギャーと賑やかでした。
そんな中。
私は1匹のねこに目が釘付けになりました。
仔猫がキャンキャンと周りを飛び回るのも意に介せず、ケージの中で女王様然と佇む夕波色の毛並み。
他者を寄せ付けない高貴な雰囲気が漂っています。
そこだけ周囲の色が溶けたような淡いパステルの色彩に、トロンとした瞳。
顔を寄せると警戒はせず、でも興味なさげにこちらを見返して来ました。
どこか爬虫類を思わせる、鋭いけれど気品もある表情。凛として透き通ったエメラルドの瞳。

わたしは、それまで、ねこは可愛いものだと思って来ました。
でも、その時だけは違いました。
美しいと思った。
吸い込まれるように、ズドンとカミナリに打たれたように、
わたしは恋に落ちました。
一目惚れです。
他にも可愛い子はたくさんいたのに、この子だけまったくの別物に見えた。
ネコを見て初めて「美しい」と思った、
それがわたしと「みーこ」との、忘れられない出会いでした。

その日からもう離れがたく、後ろ髪を引かれる気持ちで帰宅して、それからはお世話のたびにその子に会えることが楽しみで、楽しみで。
シェルターには色んな子がいます。
やんちゃな子猫から老猫まで。
片足が動かない子、ずっと闘病生活をしている子、寂しがりな子、他の猫と仲良くできないはみ出しっ子。
ホントに面白いもんで、1匹1匹びっくりするくらい性格が違う。
人間と一緒です。
お世話に通うたび、だんだんとその子がどんな子なのか分かって来ました。
寂しがりやで構ってちゃん。
自己中で超ワガママ。
気を許したネコとしか仲良くしない。とても排他的。
すぐ嫉妬する。気に入らないとすぐに噛む。
文句があると超絶鳴く。
声が超×100可愛い。
その時点で10歳は軽く超えていた彼女は、わがままな(老)王女様といったポジションで、可愛いけど性格がちょっとね、、、みたいに問題児扱いされて、みんなに「姫」と呼ばれていました。

でも、よくよく聞いたら彼女には飼い主に捨てられて保健所に連れて行かれたという悲しい過去があって、それが故の拗らせだというのも後から知りました。
信じられない。
こんなに可愛い子を、10年も寄り添った飼い猫を、そんな形で手放す飼い主がいるなんて。
その頃から、いや、初めて見たあの時からだったと思うけど、
真剣にこの子を引き取って飼いたい
と思うようになって。
さらに経緯を聞いたら、私がボランティアに入ったほんの数日前にシェルターに来た子だったというのも分かった。
なんていう巡り合わせ。
飼いたい、飼いたい、、、

でも、迷いました。
タダでさえ猫を飼ったことがないのに、単身一人暮らし。
これからまた会社に戻って忙しくなる。
コロナも明けて出張も増える。
ペット可のマンションにも引っ越さないといけない。
どうしたもんか、なかなか勇気が出ないまま2ヶ月間のリフレッシュ休暇も終わり、また職場に復帰したわけですが。
スッパリ割り切れるはずもなく、彼女会いたさに週一程度で保護猫ボランティアは継続していました。
秋が過ぎ冬になって、その子がシェルターに来てからすでに数ヶ月が経過。
大きな病気もなく避妊手術も終わって、このままいけば都内の提携の保護猫カフェにお引越しするという話も出てきてた。
そうしたら、誰かに引き取られてしまうかもしれない。
引き取られてしまうだろう、だってこんなに可愛いんだもん。
飼える自信はない。幸せにできるかわからない。
この子に受け入れてもらえるかもわからない。
でも、この子を他の人に取られるのはどうしても嫌で。
既に高齢なのも、性格に難があるのも、スグ噛むのも、全然気にならなかった。
絶対にこの子がよかった。
この子だから、そう思えた。
この子を看取るのはワタシがいい、
この子をウチの子にしたいと思い、
覚悟を決めて引き取りたい旨をスタッフさんに伝え、そこからペット可物件を探し、バタバタと引越しをして。
2022年の1月半ば。
正式に彼女をお迎えし、「みーこ」というなまえを付けました。

そこからは、天国と地獄を行ったり来たりするようなドラマのような生活が始まりました。
先述の通り過去にトラウマを抱えていたみーこは、環境の変化にめっぽう弱く、「捨てられる」ことに異様な恐怖心を抱えていました。
シェルターのスタッフさんを恋い慕って「捨てられた、捨てられた」と動転し、お迎えしてから数日は夜鳴きがやまず、まともに寝れない日々。
引っ越しのストレスでご飯も全然食べないし、トイレもしない。
・・・どうしよう、さすがにこのままだと病院に連れて行かないといけない。
気を揉む日々が続きました。
加えてうちに来てから1週間くらいでお腹を下すようになり、さすがにまずいと病院に行って検査してもらったところ、なんとIBD(慢性腸症)という腸の免疫系の持病があることが発覚し。
さいわい命に関わるものではなかったけど、定期的に病院に通ってお薬を毎日飲ませる必要があるという説明を受けました。
検査は麻酔をかけたので、麻酔明けのみーこは錯乱状態で痴呆老人のようにオンオン鳴いてすごかった。
命にはかかわりがないとはいえ、
飼って一週間やそこらで病気があると言われ、私もショックで。
切ない鳴き声をなだめながら、今までの彼女の境遇を思うと可哀想で可哀想で、
やっぱり一人で飼うのは無謀だったのかもという迷い、これからこの子を支え切れるのだろうかという不安、むかしの飼い主へのそこはかとない怒り、どうにかして救ってあげたいという気持ち、
どこに投げてよいのか分からない色んなやるせなさで、胸がつまってはち切れそうでした。

慣れない猫との同居生活開始から病気の発覚まで、予想もしていなかった出来事の連続でわたしもみーこもストレスマックス。
それでも、薬のおかげで体調は回復し、お互い一緒にいることにもだんだん慣れてきて。
シェルターのスタッフさんを恋い慕って泣いていたのも、ある時期を境にピタッとなくなり、急速にわたしを同居人(下僕?)と認め、ネココ家にいることを受け止めてくれるようになりました。
シニアだからか暴れもせず、キッチンやお風呂場には入ってこないし、ヘンなところにも上らないし、家具を引っ掻いたりもしない。
通販で買ったグレーのもふもふベッドがお気に召し、ピッタリ埋まりこんでは毎日ほとんどの時間寝ていました。

すごく聡くて、聞き分けのいい子だった。
・・・ご飯と噛み癖を除いては。
猫はエサの選り好みがすごい動物です。
気に入らないと、テコでも食べません。
シェルターの時はモリモリ食べてた安いご飯も、他の子にとられる心配がなくなったせいかうちに来てからは一口も食べなくなった。
いやーーー、困りました。
いわゆるフードジプシーというやつです。
片っ端からペットフードを買い漁り与えるもほぼダメで、封を開けたっきりパーになったものも数知れず。
結局、一袋4,000円くらいする、わりかし高級な海外ブランドのドライフードと、パウチに入った高級グルメウェットシリーズに落ち着きました。
なんてお金のかかる子なの、、、笑
これらのごはんに加えて、薬(錠剤)を細かく砕いてちゅーるに混ぜて与えていました。
噛み癖に関しては、これも幼少期からのしつけの問題なんでしょうけど、とにかく人の腕をオモチャにして遊ぶ癖がついていて、オモチャを噛みながらケリケリするのと同じ要領で、私の腕を噛むのです。笑
これが、色々やってみたけど結局最後まで直らなかった。
もうどうしようもないので、腕にはめる長い手袋のようなものを買ってそれを付けて相手をしてました。
それでも貫通するし、マジで痛い・・・

甘噛みじゃなくてガチ噛みしてくるから、手袋してても腕が血だらけ傷だらけです。
会社の同僚にも
「・・・大丈夫?」
「ひどいよ?」
「リストカット?」
と言われ続け、何も知らないお店のスタッフさんとかには、腕を見られてドン引きされたりもしました。

まぁそれでも。
そんなこと気にならないくらい、みーこが来てから毎日が幸せで楽しくて。
わがままいっぱいにお家に馴染むみーこが愛しくて愛しくて、日増しに募るいとしさが怖いくらいで。
もともと引きこもりがちではあるけれど、みーこが来てからは必要最小限しか外に出れなくなり、片時も離れていたくなくて。
今思うと、みーこも必死だったよなと。
ようやく掴んだ我が家を、自分の面倒をみてくれる人を離すまいと、不器用なりにアピールしていたと思います。「お互いしかいない」というような蜜月状態の中で、わたしは幸せの絶頂でした。

みーことのルーティン。
帰ってきた時の「おかえり」の儀式。
みーこは、私が外から帰ってくるとまず玄関まで確認しに来て、そこで踵を返してまず爪とぎで「喜びの爪とぎ」をギリギリとし、そのあと私をもう一度迎えに来てから、私が付いてきてるのを横目で見つつしっぽをピンと立ててダッシュで走りながらベッドの上に飛び乗り、
うにゃんと白いお腹を見せて勢いよく寝転がります。
「お留守番してたんだから撫でなさい、愛でなさい」の指令です。

「もういいよ」となるまで撫でてあげて、ようやく気が済んでから解放される。
ここで撫ですぎると噛まれるから引き際が大事(笑)
難儀で可愛い。
毎日のブラシタイム。
みーこは硬めのブラシが好きで、顔まわり、首周り、強めにゴリゴリ撫でてあげると気持ちよさそうに首をぐりんとこっちに向けて、目を細めて「くるしゅうない」の目くばせをします。
みーこのこの顔が大好きだった。女王様にご奉仕する気分だったなぁ。

みーこが好きだったもの。
ブラシ、高級ウェット、グレーのもふもふベッド、ボール遊び、マタタビ付きのエビのぬいぐるみ。
爪をとぐこと、じぶんのペースでゆっくりご飯を食べること、クローゼットの隙間に埋まること、朝陽をあびて日向ぼっこすること、飼い主にご奉仕させること、程よい距離感で甘えたいときだけ甘えること、大事にされてると実感できる時間をもつこと。

みーこが嫌いだったもの。
掃除機の音、病院に行くこと、爪切り
抱っこされること、写真を撮られること、布を掛けられること、自分のペースを乱されること。
一人でお留守番する時間、一人になるんじゃないかという恐怖と向き合うこと。
コロコロと変わる表情。
お目目キュルキュルなときも、ジト目のときも、不細工なときも。
どんな瞬間でも可愛かった。
寝ている時も、うんちしてる時も、いう事を聞かない時も。気高く、誇り高い子だった。

嫌なことはとことん受け付けない。
鳴いてもがいて全力阻止。
普段はスンとすまして一人でいたがる。
だけど、もんのすごくさみしがりや。
お留守番も苦手、置いてかれると思うともうダメで、ちょっとお風呂に入るだけでもミャーミャー鳴いて、いつでも誰かに側にいてほしくて。
どこか大人びて達観してるのに、同時にいつまでも赤ちゃんみたいで。
社畜になって久しく、世間ずれして「こう生きるが正解」にガチガチに囚われて生きていた私にとって、本能のままに自由に生きる彼女はキラキラとして眩しかった。
あぁ、こうやって私も好きに生きればいいんだよな、とハッとさせられることがすごく多くて。

それでも、職場に復帰して以降、昇格したり色々あって仕事の忙しさは日増しに加速。
出張やイベントの頻度も上がってきて、1週間も家を空けないといけないこともザラにあり。
その度シッターさんや近所の友達に頼んで面倒を見てもらってはいたけれど、
彼女の性格からしてそんな生活はもう限界なのは目に見えていて。
もともとリフレッシュ休暇を取ったときから、
「いづれは会社を辞めるだろう」
ことは薄々感じていたし、みーこを引き取るときもそれをどこかで前提には考えていた。
でも、みーこと暮らし始めて、その思いは確実なものになった。
「会社を辞めて、自宅で働けるようになろう」
脱サラなんてまさか考えたこともなかったし、このまま一生雇われで生きていくんだろうと何となく思ってずっと生きてきたけど、
「そう」じゃない人生を初めて真剣に考えるようになった。
そう、みーこのおかげで。

みーこをお迎えしてから2年目に入り、日増しに関係が深まってくのを実感してた。
信頼しきった目。
相変わらず距離は保つけど、私に身を寄せてデレデレに甘えることが多くなり、あぁ、いよいようちの子になってくれたんだなぁって思って、嬉しくて。

薬は相変わらず飲ませてたけど、それで元気でご飯もモリモリ食べていたから大丈夫だとどこかで思っていて。
彼女がいてくれることがどこか当たり前になってきていた、
この先も彼女と一緒にいることは当たり前だと信じていた、
そんな矢先。
2023年の6月中旬、
ガクンとみーこが体調を崩し、明らかに様子がおかしくなった。
その時、不運なことに自分が担当する会社のイベントの真っ最中で、土日も潰して連勤予定のまさに初日というタイミング。
本来なら、自分が不在で穴を空けるわけにはいかない。
でも、みーこをほっておくこともできない。
取り急ぎ近所の病院に預け、夕方引き取ることにして自分はイベント会場へ。
朝の感じだと、「大丈夫治りますよ」と言われていたから安心していたのに、昼過ぎに病院から電話がかかってきて、嫌な予感。
「かなりまずい状況です」
「このまま命にかかわるかもしれない」と言われ。
気が動転し、半泣きでとてもイベントどころではなくなった私を、上司が見かねて「帰っていいよ」と言ってくれて。
仕事はチームに任せて自分はトンボ返りし、病院へ直行。
そこからは、
転がり落ちるように、
景色が暗転するように、
奈落の底にいくども叩きつけられるように、
地獄と向き合う日々が始まりました。
今まで見たことのない様相、急速に悪化していく体調。
先生から聞いた病名も、病状も、頭では理解できても感情がまったく付いていかない。
・・・・失うの?
この子を・・・?
あの家にただ一人わたしだけ残されて、この子を失う現実と、この子がいない現実と、向き合っていかないといけないの?
ようやく、「わたしの子」になってくれたのに・・
ようやく、ようやく、これから仕事を辞めてもっと一緒にいられるって、
そう思っていたのに・・・
目の前にチラつく「喪失」の2文字。
思いもよらなかった最低最悪の現実。
いつかはその日が来るだろうとは思っていた。
「看取る」覚悟で引き取った。
でも、
それはもっともっと先で、然るべく介護の日々の先に、穏やかなかたちで来てくれると思っていた。
こんなに急に、
こんなにあっという間に、
こんな形でみーこを失うなんて、
ありえない、ありえない、
信じられない、、、、
こんなことは信じられない。
誰か、だれか。
お願いだから、嘘だと言って。
みーこを助けて。
わたしの小さな、宝もののみーこを。
朝起きたら、いつもみたいにベットの隅っこに飛び乗ってわたしが起きるのをじっと待って、わたしが近づけばうにゃうにゃと寝転んで撫でてとせがんで、
ボールを追って走り回って、わたしが大好きだったあの可愛い声でみゃああと鳴いて、わたしが大好きだったあのグリーンのきれいな瞳でわたしを見上げて、我がままいっぱいに言うことを聞かないでわたしを困らせて。
ねぇ、
そういういつも通りの日々が、待っているよね?
さいごは、持久戦。
絶対に死なせたくなくて、ぜったいに取りこぼしたくなくて、僅かでも残る希望にすがって、まだ絶対にどうにかなるって信じて、気力も体力もボロボロだったけどもっとつらいのはみーこの方だから、私が負けちゃいけないと気持ちを奮い立たせて。
とにかくさいごまであきらめない、できることは全部すると決めた。
動けなくなったみーこを抱え、これは独りよがりだろうか。
この場に及んでも私は、彼女の痛みより彼女の苦しみよりも、彼女を失うわたしのことしか考えていないんじゃないかと自問自答し、じぶんの不甲斐なさにうんざりしては絶望し。
でも、それでも、
どうしても生きていてほしい、
絶対に失いたくない、
それだけは、どうしても変わらなかったから。
途中で病院を変え、入院もさせて、先生もほんとうに手を尽くしてくれて。
鼻からチューブを入れ、包帯でグルグル巻きになって、
全身の痛みに耐えながら生きようとする彼女に、毎日祈って祈って、どうにかこの子を生きながらえさせて欲しいと、その為なら何でもすると、いもしない神さまに両手を合わせてすがって。
それでも嘔吐が止まらなくなり、栄養も取れなくなって日増しにやせ細っていき、
「万が一のことがあるといけないから」
と自宅で夜を越すことになった最後の数日間。
わたしがウトウトしている間に逝かれたらどうしようと居間に枕とタオルケットを引いて隣に横たわり、彼女のお腹が呼吸で動いているのを確認しては安堵し、
寝ないように寝ないように過ごしたあの夜。
隣に寄り添って、包帯巻きで痩せ細った手を握っていいました。
わたしをおいていかないで。
見つめた瞳にはなんの表情もメッセージもなく。
みーこは、瞬きもせずただただ真っ直ぐに私をじっと見ていました。
大きな透き通った瞳にわたしの瞳が映り込み、反射する。
お互いしか存在しないシンとした世界。
無音で、宇宙の深淵を覗いているような、ただただ何もないその空間に、ふたりで漂っていました。
みーこは神に近付いていたのかもしれない。
何を思っていたのか。
なにも思っていなかったのか。
あんな目をしたあの子を見たのは、後にも先にもあの時だけでした。
私は、自分が逝く時、ジタバタせずにこんなふうに運命を受け入れられるのだろうか。
初めはその可愛さで惹きつけられた。
でもさいごは、ただただ平伏すような気持だった。
命というものの厳かさに。
それを受け入れる目の前の小さな生命体に。
生きものが生まれて死んでいくということは、ローソクが風で消えるように簡単なことじゃない。
命が消えていくということは、生を受けたものがこの世からいなくなるということは、これだけの苦しみの果てにあることなんだと。
壮絶な最期。
手のひらから砂がこぼれ落ちるように、みーこという存在がわたしの世界から抜け落ちていきました。
たったの18か月。
まるでかぐや姫が月に返らなければいけないように、あっという間にあの子は私の前からいなくなってしまったのです。
6月23日の、早朝のことでした。

苦しみから解き放たれ、魂が抜けて小さな毛の塊になったみーこを抱いて、夜が白んでいく朝ぼらの中、ただ無気力に空を見つめて。
機械のように葬儀の段取りをして、みーこに手紙を書いて、花束を抱えてタクシーに乗って。
骨を拾って、
小さな骨壺に入ったみーこを連れて帰宅して。
そこからがほんとうの地獄の始まりでした。
がらんどうの部屋で一人きりになって、彼女の不在と向き合わなければいけなくなった。
まだみーこのベッドもトイレもケージもだしっぱの中で、あの子がいた痕跡があちらこちらにあるのに。
つい最近まで、あの子のグレーのしっぽがひょこひょこと動いていたのに。
部屋のどこを切り取ってもあの子の面影がちらつくのに、
あの子はもういない。
もう、二度と会うことはできない。
わたしは一人、残されてしまったんだ。
茫然自失のわたしを、同僚は遠巻きに見ていて。
わたしが、死ぬほどみーこを可愛がっているのを、みんな知っていたから。
仕事に力が入るわけもない。
すべてがどうでもよかった。
仕事を終えて帰っても、みーこのお迎えがない。
お帰りの儀式もない。
あの子がぴょんと飛び乗ってうにゃうにゃとしていたベッドの上には、今朝と同じかたちの掛布団が無機質にのっているだけ。
あんなに色彩にあふれて幸せに満ちていた空間は、単色の味気ないただの空洞の箱になり、もの悲しさが満ちるだけ。
ご飯を流し込んで、夜になる。
夜が来てしまう。
長い長い悪夢の時間が毎夜、繰り返される。
あの子と一緒にいた部屋の中で、
あの子が息を引き取ったベッドの上で、
横たわり目を閉じると、いやでも思い出してしまう。
あの子の最期の瞬間が、幾度もフラッシュバックする。
なんであんなに苦しませてしまったんだろう。
なんでもっと早く気づけなかったんだろう。
なんであの時すぐ病院に連れて行かなかったんだろう。
なんであの時あの病院に連れて行ってしまったんだろう。
なんですぐに転院させなかったんだろう。
なんであの時に巻き戻ってすべてをやり直せないんだろう。
なんで、なんで、なんで。
私が、死なせた。
わたしが、守れなかった。
全部、わたしのせいだ。
そのころ、苦しみと悲しみの中で、はっきりと気づいたことがあります。
私が彼女を飼っていると思っていた。
私が、守らないとと思っていた。
でも、違いました。
わたしが、みーこに支えてもらっていたんです。
みーこが、わたしを守ってくれていたんです。
全身全霊で、あの小さなからだで。

あの子がいてくれたあの日々が、あの子がわたしに与えてくれたものが、
どれだけ大事なものだったのか。
どれだけかけがえのないものだったのか。
プリズムのようにキラキラと輝く日々の記憶が、あの子と過ごした愛しい時間が、思い返されてはゆっくりと流れていきました。

たまに部屋に感じるほのかな残滓に、まだ魂はここにいてくれてるんだと安堵し、それからの1週間、2週間は、魂になったみーこと一緒に過ごすようなきもちで日々の生活を送っていました。
すべてがフッと軽くなったときに
「ああ、成仏してくれたんだな」
って、うれしいような、ほっとしたような気持になって、
でもやっぱり寂しくて、泣きました。

日々は変わらずに過ぎていく。
何事もなかったかのように。
わたしは、これからも生きていかなければいけない。
これからも働いていかなければいけない。
何事もなかったかのように、みーこの喪失がなかったかのように、
「それはもう済んだことだよね」
と言わんばかりに、
仕事のスケジュールがカレンダーを埋め尽くし、容赦なくわたしに降りかかってくる。
でも、わたしはそれをなかったことにはできない。
みーこを失ったことに蓋をすることはできない。
このまま、今までと同じようにはとても生きていけない。
あの子を寂しがらせ、苦しませた元凶になった職場を、わたしの感覚を麻痺させたこの「社会」を、あの子を死に追いやったわたしを、わたしはとてもとても許すことはできない。
このままのうのうと生きていくなんて、とてもできない。
そんなことは絶対にできない。
逃避だったのかもしれない。
でも、今までと違う何かに打ち込まなければとても我慢できないし生きていけそうもない。
わたしは「わたし」を保つことができない。
じぶんを全部リセットしよう、ゼロからやり直そう、生まれ変わろうと決め、7月にすぐ退職届を出し、食生活も見直して、ベジタリアンになりました。
それから半年、お金が無くなって困っていたときにまさかの「AI美女」に出会い、がむしゃらに波にしがみつくうちに気づけば2年以上が経ち、会社に属さずとも自宅で一人で働き、生きて行けるようになりました。
ほぼ一日中、外に出ずパソコンに向かい合う日々。
今なら、思う存分一緒にいてあげられるのに。
今なら、もう寂しい思いをさせないのに。
皮肉なことに、あの子と私が望んだ未来は、あの子がいなくなって初めて実現したのです。
あぁ、今ここにあの子がいてくれたら、と思わない日はありません。
3年経ってもなお、毎日あの子を思って生きています。
でも、それが後ろ向きだとは思いません。
これからも、ずっとそうしていくでしょう。
わたしにとって、あの子はそういう存在でした。

改めて思い返してみても、休職し、シェルターでみーこに出会い、会社を辞めるまでのここまでの流れは、こうなるようにしてなったように思われてなりません。
あの子が居なくなることが必要条件だったとはとても思いたくないけれど、でも、あの子が背中を押してくれたから、あの子がわたしに「いきもの」本来の生き方を教えてくれたから、
私は凝り固まった「社会常識」から抜けることができて、
今、ここにいられると思うのです。
あの子抜きには絶対にありえなかった。
この世の巡り合わせを思うとき、不思議な気持ちになります。
出会いとは、縁とは、人と人の間だけにあるものではないと思うのです。
わたしは、あの子の魂に出会い、あの子の魂に惹きつけられて、あの子の魂に触れることで、じぶんを取り返すことができた。
わたしの人生を導いてくれた運命のねこ、それがみーこなのです。

今でもわたしの腕には、みーこに噛まれた跡が白い線状になって残っています。
最期の日々、わたしは恐怖したのです。
この跡が完全に消えてしまったらどうしようと。
あの子がつけてくれた跡が消えてしまったらどうしようと。
でも、そうはならなかった。
大分薄くはなったけど、3年経った今でも消えずに跡が残っている。
たまに腕を眺めては安堵し、柔らかい気持ちで懐かしくみーこを思い出します。
この傷は、わたしの勲章です。
彼女と一緒に過ごせたことの。
彼女がわたしを受け入れてくれたことの。
だれにも渡さない。
わたしだけの宝ものです。

一緒に過ごした期間、たったの18か月。
あまりにも短い時間。
それでも、私にとっては今までの人生の中でのどの時よりも充実し、濃密で、目も眩むような幸せな時間でした。
みーこが来てくれて、本当にうれしかった。
一緒にいられて、本当に幸せだった。
何よりも大切だったみーこ。
リュックに揺られて、泣き叫んでいたみーこ。
私の腕をおもちゃにして困らせたみーこ。
全力疾走して一生懸命ボールを追いかけてたみーこ。
私と一緒に歩幅を合わせて走ってくれたみーこ。
窓からお外を真剣に眺めていたみーこ。
朝枕元に来て起こしてくれたみーこ。
ソファで足にもたれて甘えてくれたみーこ。
みーこのふわふわスベスベの毛並み、夕暮れ時のような美しい色合い、ピンと立った大きな耳、左頬の小さい毛割れのえくぼ。
名前を呼ぶと反応してくれたしましまのしっぽ、透き通るように甘い、可愛い鳴き声。
真っ白でキュッとしまったつま先、奇跡のようにベージュが混じったいい匂いのする後頭部、アイラインが入ったように鋭く切れ長で、翡翠色のうつくしい瞳。
みーこの全てが好きだった。
本当に幸せだった。
お家に来てくれて、うちの子になってくれてありがとう。
みーこの貴重な時間をくれてありがとう。
幸せな日々をありがとう。
不甲斐ない飼い主だったけど、至らないことばかりだったけど、とても満足させてあげられなかったけど。
あなたをこれだけ愛していた人間がいたことを忘れないで、この気持ちごとお空に持っていってね。
ありがとうみーちゃん。
いつかまた会おうね。その日を、心待ちにしています。

